昭和五十七年五月十一日 朝の御理解
御理解第六十一節
神より金光大神に、いつまでも尽きぬおかげを話にしておくのぞ。信心しておかげを受けたら、神心となりて人に丁寧に話をしてゆくのが、真の道をふんでいくのぞ。金光大神が教えたことを違わぬように人に伝えて真の信心をさせるのが、神へのお礼ぞ。これが神にあるのぞ。神になりても、神より上になるとは思うな。
真の信心をさせるのが神へのお礼。しかもそれが神になるのぞということになって参りますとも、本当にこの、真の信心を各自各自がいよいよ求めて、そして願い、そしておかげを受けて、いわゆる神になる手だて、それが神になるのぞと仰せられるのですから、おかげを頂いていかなければならんと思うですね。
為にはまず、自分自身が、これが絶対だ、間違いのない真の信心だと、そのせめて真の信心の入り口くらいに立てしてもろうて、ここから一歩一歩真の信心を極めていこうということにならねばならんのですよね。
私は今、こう大体、十一才の時であったと思うけれど、まあだ、三井教会の二代教会長が学院から帰られた頃だったように思うです。今三井教会の総代をしておられます、岸新郎という学校の先生が、もうこの頃は辞めておられますが、もう私よりも七つ多いですから、もう七十五、六でしょうか、その先生と二代の荒巻久人先生とが、玄関の入り口が、こう段々になってました。こう石段。その段々のところに、腰をかけて、二人で一生懸命、信心の話をしておる。学院から帰られたばかりのま、若い先生とね、当時、の指導をしておられた岸先生が、まあ、十七、八じゃなかったやろかと思うんですが、とにかくすぐ側に、あのう、昔は手洗い鉢があったんです。三井教会。
私は手洗いの丁度、その時分は、子供会という子供会にでてその手洗い鉢の前におるときに、その先生方二人が、一生懸命信心話をしておられる、その話の中に、私の耳に入ってきたのが、
「若先生、とにかく、ね、一人でいいですから、真の信心を育てて下さい」
というておられるのが、私の耳に入ってきたんです。それを私、今からこう考えてみると、私が十一才の時だったように思うです。
もうそれが異様に響いてきたんです。そして、ね、私がそん時感じたことはね、その真の信心と云うておられるその、一人の信者に私がなろうと思うたです。もう思うた途端でした。もうそれこそ身体全体に、感動が起こるというのは、ああ云うことじゃなかろうかと思うのですが、も、とにかくあの感動が沸いて、そぐ横がミカン畑ありましたが、ミカン畑の中で泣いたことを私覚えとります。ハハァ、その一人でよいから、真の信心を育てて下さい、その真の信者に私がなろうと、こう思うたね。
今から思うとそれが神様のお喜び、感動ではなかったであろうか、それがまあだ、幼い私の心に、移ってきて、私がおかしいくらいにその、泣けてくるもんですから、おかしいからミカン畑の中に入って泣いた事がありますね。ですからね、なら、そう云うときのことを神様はちゃんと覚えておって下さるのです。
それから真の信心とか、何とか、ただおかげ頂くために一心にま、お参りもしましたけれども、けれども、神様がね、たった十一才の私が・・(この間、親先生感動される)・・その真の信者に私がなろうと思うた時のことはちゃんと、聞き逃してはおられない。
それから、まあ、段々と御修行させていただくようになってね、神様が真の信心をさせて頂くためには、ああ云う修行も、こういう修行もと、昨日もお月次祭にお話しさせて頂きましたように、もう、それこそ、聞き伝えておかげを受けられた。お徳を受けられたという先生方や、ご信者さん方の信心をそれこそ、真似方でもそうさせて頂こうという気になって、まあ云うなら、あらゆる表行もさせて頂いた、修行もさせていただいたけれども、私はおかげ頂かなかったんですね。 そういう思いにならせて頂く前には、もう置いたものをとるように、商売ん尾上でおかげを頂いたんですね。そして、その商売が出来なくなった頃から、云うならば、その先覚達の修行を聞いては、それを真似させてもらって、様々な修行をさせてもらった。
けれども、私は、それによって、おかげ頂くということはなくて、もうとにかく、ま、手の尽くしようがなくなって頂いたのが、とにかく私の上に起きてくる様々な問題、事柄をそれを、それを修行として、受けるようにしようと云うて、始めたのがね、今の合楽理念の基礎になり、土台になり、云うならば、真の信心のそこが基本になったということであります。
私が久留米の石橋先生の真似をして、おかげを頂いたね、桂松平先生の信心を真似をして、当時の椛目で人がどんどん助かったというとったらです、今日の合楽で云われる真の信心は生まれてなかったでしょうね。合楽理念は生まれて来なかったでしょうね。
これは、いつも今の、ここまでの話は、皆さんにいつも聞いていただくことですから、皆さんもそれこそ、暗唱しとられるくらいじゃないかと思うです。子の話はね。今日私、思わせてもらうのに、真の信心をさせるのが神へのお礼ぞ、それが神になるのぞ。
そこで、なら、私が、真の信心を目指さしてもろうて、本気でなら、真の神意人の修行を神様にさせられた。自分のした間の云うならば、悟りを開かない前の修行はね、云うならば、神様もあんまりお喜びではなかった修行であった。火の行、水の行といったような修行であった。それがひとたび、なら、成り行きをいよいよ尊ばせて頂こう。成り行き、そのものを修行として受けよう。これが、そのまま、神の心であり、神様の働きであることが分かってその働きそのものに、どういう事柄であっても、それに御の字をつけて御事柄として、受けるようになって、だからここに初めて、真の信心の誕生ということになった。ね、出来る出来んは別として、その事に云うなら、目指していって、一歩一歩前進していくということである。
そして、真の信心の体験を皆さんに聞いてもらう。だから皆さんが私の云うことを聞いておかげを聞いて下さるならば、それは、真の信心によって、真のおかげが現れて来たという事になるのです。
昨日お月次祭が終わって下がらせて頂いとりましたら、熊本の松村さんが、もう感動いっぱいで、ちょっとお届けせにゃおれないお知らせ頂いたから、というて見えられた。
お話を聞かせて頂いたら、昨日の朝方、お夢を頂いて、あの、直方の山本さん、山本さんを抱くようにして、これが真の信心ばい。これが安心のおかげ頂くとばいちいうておられた。そしたら今度は、私の手を握って、両方の手を握って、松村さん、安心のおかげを頂くと云うことが、真の信心ばい。これは私がもうやっぱ、二十四、五年、七、八年も前でしょうか。千足の大変熱心な甘木の御信者さんがおられた。同時、椛目に人がどんどん助かるようになってから、一辺その大坪先生のお話が聞きたいというて、あちらであちらの御信者さん方を集めて、千足でお話に行った事があった。
勿論、夜を徹しての、お話であったし、明くる朝、お食事を頂こうと、お茶を頂いて、お食事にかかろうと云うときに、お神様がふたつお祭りしてある。千足に教会に布教にでられたけども、道が開かなかった。だからその教会のお社を自分のところにあずかってるから、ふたつこうして、もうひとつ、こちらの方へ、何か恭しくお祭りしてあるのがございましたが、それをその、そこの、お婆さんが取り出されて、これは、私の方の家の宝でございます。というて、私のところに持って見えたのは、白扇であった。
その白扇に、三代金光様がお書き下げなっとられる、真ん中に小さく、「真の信心」と書いてあった。金光教では、真の信心、真の信心というけれども、果たしてどういう信心が真の信心だろう、一生懸命参ったり、拝んだりするということだけじゃないね。
昨日、川上さん、昨日もお話申したように福岡の川上さんがある教会の御信者さんが、電車の中で必ず合う。そのまあ、大変な同時日本一といわれるお教会の信心を五十年なさっておられる。先代が素晴らしかったこと、またあちらからでた御本を川上さんに次から次と持って来て下さる。それで、次には、今度川上さんが合楽の御本ですというて、新聞やら、おかげの泉やら、また最後に天地、天の心地の心という御本をあげられた。
でそれを、読まれて、もう、大変な感動して、今度は、自分が話すのじゃなくて、川上さんの話を聞くことを楽しみに、電車に乗り込んでこられるという御信者さんがあった。五十年間の信心の中に、四十年間ね、毎朝水をかぶって、朝の御祈念にお参りをしておるとこう云われる。
それがあの、天の心地の心を読ませて頂いておったら合楽教会では、表行全廃ということを聞かしてもろうて、聞けば聞くほど、それが本当だと云うことが分かってきた。私はもう、それが分かった翌日から、朝の水行をやめました。というま、お話をね、これは川上さんのお届けの事でございます。けれどもね、そういう水をかぶったり、水の行、火の行で生まれてくる信心はこれは、まず、真の信心ではないです。どこまでも云うなら、心ひとつで全てを創る。云うなら、和賀心を目指してもらう。云うなら、天地日月の心を心とする事の精進こそが、夏の信心である、そこから生まれてくるのが、安心である。
私、千足で、その、金光様のお書き下げであるという扇子を開いて拝ませてもらうた。意味が分からない。どういう意味だろう。そしたら、三代金光様のお声でね、「安心のおかげを受けることであります」というお声を頂いたんです。
ハハァ、真の信心というのは、安心のおかげを受けると云うことなんだ。なら真の信心とはね、天地日月の心になること肝要と云われる。そこから生まれてくるところの、いわゆる、天地書付ね、和賀心ね。ここを目指していき、自分ものにしていくという事がね、例えば、火の行、水の行さして頂いて、生まれてくる信心はまずは、真の信心ではないね。
そこから今また、松村さんのお夢ですけれども、山本さんを抱いて、これが真の信心ばい、これが真の信心さして頂きゃ、安心のおかげが受けられるばい、ともう抱くようにして云われた。
その次に、私の両手を握って、ま、それと同じような意味の事を云われて、もう感動して、もうどうにもこうにも泣かれたら、親先生お国替えという言葉を頂かれた。そしたら、今まであの、私の手を握って下さった親先生が、ちぃーさくなられて、ハハァこれが神様の御正体だなと思うたというお夢でしたね。
私がお国替えすると云うことは、私も生身をもっとりますから、自分と自分というものを空しくしておるようにあり、我情我欲をとっておるようにあるけれども、どこにか、我情が我欲がこう出てきたりすると死んどる者が、また生きあがったりまた、それを死んでいく。いわゆる、自分を空しくしていくといったような、昨日一昨日の御理解でしたかね。
神様が、私を中心に働いておって下さるんだと分かったときに、もう私の中に神様がいっぱい入っておられるね。それが神になるのぞとね、真の信心をさせるのが神へのお礼ぞ。それがかみになるのぞ。だから、この辺のところをね、結局、真の信心をさせるのが、であります。
だから合楽ではです、私が真の信心を頂いて、真のおかげを頂いて神になる、いよいよ手だてを一生懸命精進していっておる、その話を皆さんが聞かれたら、真の信心が分かるのであり、皆さんも真の信心ということになるのであり、そこに伴うてくるおかげこそが、真のおかげであり、同時にこの真の信心をさして頂いておれば、いつどんな場合であっても、云うなら驚かんですみゃぁね、いつでも心の中に安らぎが頂けておるここの状態が開けてくる。ここに千人の方達がです、真の信心を頂かれたら、私は千人の神ということになるでしょうね。
だからなら、皆さんが合楽に御縁を頂いとるけれども、ただ、おかげおかげ出、真の信心。それこそ私が、十一才の時に思うた、その真の信心に私がなろうと、その思いをね、云うならば、そういう思いをおこさなきゃだめです、まずはね。もうそこには本気でその心が起こったら、神様が感動まします、もう必ずね。
そしてそれに対する、手だてが、神様はじまってくるでしょうね。昨日一昨日でしたか、高橋さんの奥さんが今日、車の中で御心眼を頂いたとね。お船に乗っておる、そこに七福神がのっちゃる、大きなあわびある。そのあわびの上で、あのう、七福神の方が、その入っとられるというようなお知らせであった。どう云うことだと思いますかね。
磯野あわびの片思い とこう云うことでしょう。例えば、高橋一家に、神様がどのくらいな思いで、その思いを募らせてござるか、分からんのだけれども、片一方は知らん顔しとる。一生懸命参りゃおる。けれども神様の心を分かろうとしない。ならば、知らん顔しとると神様だけに、片思いをさせておるのですから。
本当になら、高橋さん達夫婦がこの事を通して、真の信心を分からせてもらおうと、一心発起したときに神様との間に、合楽世界が生まれて来て、そこから生みなされるおかげであってこそ、真のおかげということになるのじゃないでしょうかね。お互いがそうです。
合楽に御神縁を頂かれた方達の場合は、まずは神様の白羽の矢が立てられてのこと。そこで神様だけに、思わせるのじゃなくて、私共も思わなきゃいけん。真の信心を頂きたいと思わにゃいけんです。ね、そこからね、出けんけれども、んなら、真の信心になる為の、神様が次々と手だてを、私は昨日のお月次祭に、私のあの、修業時代、いわゆる悟りを開かない前の修行、また悟りを開いてからの修行という話を、昨日聞いてもらいましたが、ハハァ、あれこそが、もう全く神様のおためしであったなと、四年半というものは、ね、もう本当に、一切を。
だから本気で、腹を決めて、これから先、自分の上に起きて来ることを有り難く頂く事を修行とするという腹を決めたらね、むつかしゅうはなかったです。神様の方が、びっくりしてから、もうこればっかりはも、そげなもんまで頂いてきて、そげなもんな頂かんでよかとこれと、いうものまで頂いてきた四年半でした。ね。
ですから腹を決めるということは、真の信心を頂こうと云う、腹を決めるということに、神様の働きが、起こってくる、神様がああでもない、こうでもないといろいろと、もうこれは特別の修行が始まる。それが修行であるという証拠にです、なら、四年半経ってから、これからこんな修行にと頂くようになって、もうそれっきりなら、皆さんも当時の椛目を知っとる方は分かっておられるでしょうけども、病人を預かってくれ、とも金を貸してくれとも云う人が全然なかったという事から思うてみてもです、ハハァ、あれは神様がこれでもか、これでもか、というて、私を試されたんだなぁとこう思うた。改めて、それを思うんです。
ですから皆さんが、真の信心を目指しておるね、真の信心は目指してはいなくても熱心に信心をしておるから、これにこそ、真の信心をさせたならば、お徳を受けるだろう。いわゆる、本当に永却助かっていけれる道もつくだろうと思われるから、神様がね、あわびの七福神ね。
高橋さんのところは、お父さんの代からの古いお店でが、三福といいます。さんぷくね、さんぷくが七福になるような神様は、おかげをも下さろうとしておるのだけれども、いつも神様に片思いばっかりをさせておるということに、なるのじゃないでしょうか。まずは一心発起して、真の信心を頂こうという気を起こさなければだめだ。
その真の信心を自分が頂いて、それを人に伝えて、真の信心をさせるのが、最高の神様への俺であると同時に、それが神になるのぞということになるのです。 昨日松村さんが頂かれたという、、そりゃ、私も死に変わり生き変わり、もう自分という者はないようにあるけれども、いつか、自分が我、出てきておる。それをいわば、空しゅうしながら、私はいつも自分という者をいうならば、死んでいくたんびに、小さいながらも神様の、いうならば、道を歩かせて頂いて行こうと精進しておるのが、私の信心の姿なんです。
今朝からも、ビリグイ、昨日ビリグイから便りが来ました。あちらの大祭のお礼でした。その事を改めて、また、今朝の御祈念にお礼申させてもらいよりましたら、あの、小さい赤ちゃんの目の見えない赤ちゃんがあるでしょ。まだ初めの間は、目が見えないでしょ。その赤ちゃんを、も、偉大な人が抱き抱えておるところを頂いた。
ああして御比礼を頂いとる、おかげを頂いとるというけれども、まあだ、末永先生は目が開とらん。いうならば、神様の目からご覧になればですよ、いうなら、まあだ、目の見えない赤ん坊のような者じゃないでしょうか。
けどもこれが段々お育てを頂くことによって、目が見えてくるようになる。も、そのころに、例えば、私は南米にいよいよ合楽理念の比礼というものは、輝く事はその事、そういう先生がおかげを頂いた時点から、そういうおかげになって来るんじゃないかと思うです。
まあだ、目が見えとらん。肉眼をおいて、神眼を開く事になったら、いよいよ素晴らしい事になる。そういうお育てを頂いておるのが、今の末永先生じゃないかとこう、皆さんの場合、どういうことであろうかね。神様に、片思いをさせてるのが私だとね、分からしてもろうて、んなら、どこかというと、それこそ、三代金光様のお書き下げじゃないけれども、真の信心。
真の信心とは、安心のおかげを目指さしてもろうて、んなら、合楽で説かれる手だてが、もう全部真の信心にならせて頂くための手だてなのですからね、それこそ私が悟りを開く前の修行というのは、皆さんが、とても真似の出来んような事でしょうけれども、そういう修行は神様は喜びなさらん。いうならそういう信心は真の信心ではない。
そして悟りを開いて、神様にお知らせを頂いて、進めてきた信心こそが、真の信心をもうひた進みに進めておるのが、今日の合楽の状態。しかもこれはまた、限りがないね。
ですから、そういういうならば、神様の深い思し召しの中にある私であり、皆さんであるのですから、皆さん自身がね、おかげ頂きゃ、どげな御用でん出来るといったようなもんじゃなくてね、本気で真の信心を目指さしてもらうということに、私は一心発起してですね、その真の信心を今度は人にも伝えられる事になるときに、初めて、それが神になるのぞというような、おかげになって来るんじゃ、ないでしょうかね。
皆さんの場合は、末永先生がまあだ、目の見えない赤ん坊ですから、皆さんの場合は神様の胎内にちょっと恵んだだけくらいなもんじゃなかじゃのうや。だからそれが流産にどん、ならんごつもしとかな。 どうぞ